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企業研究

10.大きな知恵・物流システム対し、目に見えない小さな知恵が商流

■大きい力仕事なら運送業者が優越している。しかし、我々には小さな知恵(商流)がある

●一般に、卸売業不要論が声高に主張されている。 これに対する反論や、現実に不要とはならない実態については別の項で紹介するが、ここでは別の角度から卸売業が何故なくならないかを主張したい。
●画期的に物流を変える「大きな知恵」。この物流システムについては先に紹介したが、じつはここに2つの論点がある。
 ローコストな物流システムを構築して話題を集めたクロネコヤマトや佐川急便、またいくつかの物流業者がある。しかし、何故彼らが卸売業の物流システムに参入しないのかである。
 モノを運ぶだけなら運送会社が断然優越している。しかし、我々卸売業の物流システムにとって代わることはなかった。いや、いずれ一部とって代わることもあるだろうが、それは一部でしかないと考えている。
●それは、商流に対するノウハウ(知恵)の有無にある。    生死をかけて日々店づくりに励んでいる店側の情報を、客観的に把握できる位置に我々卸売業者は立っている。また、メーカーの新商品開発など販売戦略や低価格化戦略の動向を日々キャッチする立場にある。
●これら小さな知恵の集合が、我々のノウハウ(商流)であり、歴史的な積み重ね(勘)もあるのだ。
 物流に特化した運送業者が、この商流を一朝一夕に得ることは不可能に近い。力仕事によるローコストを実現しても、それを店側の販売のラインにのせるためには、知恵の使いどころが違うというわけだ。

■商流(小さな知恵の集合)を持たない卸売業者は、物流業者に淘汰される

●「我々は商人」である。当たり前のことだが、運送業者は商人ではない。じつは、ここにもう一つの理由がある。経済民主主義(EconomicDemocracy)の言葉を借りて、商(あきない)の世界を紹介しよう。
●経済民主主義とはチェーンストアの展開によって、ローコストな消費財を国民に提供し、裕福な一部の人だけではなく一般の国民にも豊かな生活が実現できるようにする。
 また、メーカーに対しても値ごろ感(買いやすい価格)のある品を供給するよう、生産体制そのものを変革するよう促す、というものである。
●20世紀前半にアメリカのチェーンストア展開の中で生まれた言葉だが、商人(あきんど)の世界では、当たり前のことであり歴史は古い。いま、日本では財閥となっている三井・住友のルーツを探れば、元は商人である。
 また、西欧に目を移せば近代の大量生産システムを構築した19世紀の大変革。このルーツは、ルネサンス時代の商人たちにさかのぼることができる。何故か。
●「客の求めに誠心誠意尽くす商人の姿勢」であるとは先に紹介したことだが、その姿勢が営々と経済民主主義を実現してきた歴史が歴史の教科書の裏に隠されている。
 ルネサンス時代、西欧の商人は一部特権階級の高価な消費財を供給するために、シルクロードや海の街道(大航海ルート)を開発してきたことは有名な話だ。
 しかし、その陰にはより低価格品で一般国民にも提供できる消費財の掘り起こしをめざしていた教科書に書かれていない事実がある。
 また、国民にとって必要かつ不可欠な穀物や野菜・肉などの大量生産による低価格の実現を促したのは、商人の力によるものだ。
●歴史の教科書を今一度開いて欲しい。蒸気機関や電気を発明したのは、一握りの発明家であったかも知れない。しかし、その発明家のスポンサーは商人である。
 そこで開発された発明を大量生産システムに転嫁させたのも商人である。販売ルートを持っているからこそ実現可能であった。
 このように、商人は大量生産革命を果たす技術革新をとらえ、消費財の低価格化を実現してきた。商人の中には、製造工場を持ちメーカーとしての土台を築くのも昔は当たり前のことであった。三井・住友しかり。
●近年では(といっても50年前のことだが)、IBMがその例だ。インターナショナル・ビジネスマシーンとして、事務機器の販売商であったIBM。じつは、IBMがコンピュータを発明し製造販売していたわけではない。
 戦時中に、大砲の弾道計算として軍事機密的に開発された電子計算機を、民生用に転用するという画期的な転換を図ったことからことははじまっている。コンピュータ時代を先見していた商人の技である。
●ここに、消費者の動向をキャッチし生産を喚起(工場を動かし)、そして物流としてモノが送られてくる。この実体、すなわち商流の姿がここにあることを理解して欲しい。