>>HOME >>情報ファイル >>企業研究

企業研究

6.不採算部門は、即刻廃止する。これが事業部制の正体

■不採算部門を駆逐せよ。刻々と分かる利益状況、そんなシステムは当時不可能とされた

●先に紹介した事業部制の機能についての説明は、人材育成にポイントを絞ったが、ここではその全般を紹介しよう。
 独立採算制の正体は、表題にあるように「不採算部門は即刻廃止」と表現されても過言ではない。
●小売店の例で例えてみよう。毎日安定的に売れる定番商品に対して、季節要因や流行などで売れ筋商品というものがある。そして、ひと月に1個も売れない死に筋商品と評される厄介者がある。
 この死に筋商品が、販売棚の大半を占めると、定番商品や売れ筋商品は在庫切れを起こし、売上のチャンスを逸してしまう。この機会損失の厄介者を見つけだし、排除することが経営の命運を左右する一大事である。
●製造業であろうが卸売業であろうが、現在ビジネス世界では常識となったこの考え方は、1960年代当時はまだまだ未熟であった。
 原因は二つある。一つは、右肩上がりの経済成長で多少の死に筋商品があっても、また不採算の事業や部門があっても、経営を決定的に圧迫する頻度は少なかった。また、取引の慣例や情状的な理由でそのまま放置されていたこともある。
●もう一つの理由がポイントだ。小売店であれば、月に1度棚卸という作業をおこなっている。当時これは重要な意味を持っていた。
 現在のようにコンピュータが発達していない当時、この棚卸による在庫状況を把握してはじめて、単品あたりの販売量がつかめる。極端にいえば、そのような状況だった。
●同様に、企業内の各部門や個々のプロジェクトの、売上状況は分かっても経費を差し引いた純利益までは、年に一度の決算を待つまで分からない場合が多かった。
 理由は簡単だ、コンピュータがないからだ。手作業による伝票処理を主としている時代に、各部門や各事業、挙げ句の果てには個々の商品まで利益状況を把握しよう、だなんて考える経営者はいなかった。 ●途方もない伝票の山を見てため息をつくのが関の山であった。ところが、それに着手しようというのであるから反発の山である。

■部門ごとの利益状況が刻々と明らかになるシステムが始動。赤字の部門長はビクビク顔だ

●各事業部が社内競争をせざるを得ない状況をつくりだす。つまり、採算のとれない事業部は廃止される。
   こんな内部圧力・内部競争が、エネルギーへ転換されるシステムである。不採算部門が他部門の利益により支えられ、安穏としていることは許されない。本部からの叱責よりも他部門からの非難の方が痛い。効果的に、奮い立つエネルギーを発生させるわけだ。
●親や先生に叱られるより、友達を失う方がダメージが大きい。ビジネス界もこれと同様で、同僚や仲間の間ではなれ合いが発生する。
 高いレベルでお互い支え合うならまだしも、低いレベルでなれ合っては、競争には勝てない。企業風土や志気を高める、効果的な経営手法の一つである。
●社内競争に勝った事業部のノウハウを全社的なものにする。高い次元で新たな競争を発生させ、限りない企業の変革を促す。
 同じ会社でありながら、全く別会社のように競争するのである。そして、対外競争に打ち勝つ力を形成するのである。

■本部に伝票の山が集まるのではない。担当レベルでの伝票処理は深いねらいを持つ

●各部門の伝票が本部へ回され、その結果だけが各部門のトップに下りてくる。
 従来のこの手法にはタイムラグがある。結果が出た頃には、時機を逸しその数字が意味をなさなくなる場合が多い。スピードを勝負としている流通業界では、今や当たり前の問題だ。
●このような分業的な手法の限界を超えるのが、発生時の担当レベルでの伝票処理だった。自分が扱っている顧客や商品に関する伝票を自分の手で処理する。
 従って、顧客担当制・商品担当制・仕入先担当制というように、分割できる基本単位に人を張りつかせるシステムを取った。
●「自分の給料分が稼げているのか」「この部門は大丈夫だろうか」
 手作業の伝票処理は、血気盛んな営業マンにとって味気ないつらい仕事だ。しかし、一つひとつ数字を積み重ねる中で、自分の成果を自分の手で確実に把握できることの醍醐味は爽快だったに違いない。
●それだけではない、そこにはもっと深い意味があった。それに気づく時がまもなくやってきた。オイルショックの時だった。