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企業研究

2.関株式会社の拡大・発展には、必然性があります

■商人の命である「信用」。社会生活にとって必需品であり絶対的価値基準が見直される時代

●ありふれた言葉である「信用」。学生の皆さんにはピンとこないのは当然だ。
 皆さんは、親の社会的地位や財力による信用により、間接的に支えられているからだ。商人にとって、いや社会人にとってどれだけ信用が絶対視されるものか、ここで十二分に説明しておこう。それだけ、価値のある話であり、学校では絶対に学べないからだ。
●何故かって?
 それは、学校の先生と警察官ほど信用できない?(当社が言っているのではない。一般的にだ)ものはないといわれている。つまり、権力を傘に人を見下す立場の者には、信用の意味が絶対に分からないからだ。
●例えば、皆さん方は誰にでも金を貸すだろうか?
 いや貸さないはずだ。信用できないヤツには絶対に貸さないだろう。
 同様に銀行は信用できる者にしか融資しない。また、我々も日々取引は「掛け売り」「買い掛け」というように現金では取り引きしていない。しかし、信用できない相手とは物々交換よろしく、ニコニコ(顔では)現金取引である。
●もう少し突っ込めば、返済能力があるのか。また返済不能となった場合、踏み倒して逃げることなく死んでも返そうと努力をする「人格」であるのか…ということになる。
●銀行筋では、まず第一に返済能力を問うだろう。しかし、変動する社会でいつまでも返済能力が維持できるわけがないことは、銀行筋は重々承知である。40歳の中年サラリーマンが、5,000万円のローンを30年返済で組む時、まさか70歳になっても今の所得が維持できるとは、誰でも疑問を持つことは自明の理である。
 最終的には人格の「信用」度となる理由がここにある。
●さて、学生の皆さんには素晴らしい人格の方が多くいる。しかし、残念ながら所得がない現在、多額の貸付をするのは悪質なサラ金業者か低額の融資システムでしかない。
 しかし、それ以上に問題なのは「実績に裏打ちされた信用」である。もしくは「素晴らしいビジョンと秘めたるパワー」をお持ちなら、将来の隠れた松阪投手であるとスカウトされるかである(これは、ほとんど採用活動に近いものだ)。
●話は戻るが、では何故疑わしき人物に金を貸すのか?という疑問が生じる。先の2人の公人の例でいえば次のようになる。
 答えは簡単。国家に対する信用である。最も安定した所得者である。従って、ここでは肩書きに金を貸すのであり、人格に貸すのではない、ということになる(金融筋の弁)。

■疑わしき者には絶対に金は貸さない。いや金を貸しても絶対に信用しない。その現実

●では、信用さえ得られれば万能だろうか。また、信用を得ることを事業目的にすれば、企業は永続するのだろうか。
 次に、信用を失わない努力さえすれば絶対だろうか。こんな疑問が次々に出てくる、優れた学生の皆さんもいるでしょう。
●乳製品に菌が混入し問題となったY社。この教訓は重要だ。あれほどの巨大企業に成長したのは、人気商品づくりに成功しただけではない。安心して食べられる安心という信用を勝ち取ったからにほかならない。しかし、それにあぐらをかき安全への努力を怠った結果、信用という企業の土台を失った。
 次に、10年前のバブル期に世界の企業番付を争った都市銀行が、この間次々と信用不安に陥り倒産の憂き目に陥った。
●信用を目的化・絶対化・過信化した結果ではないだろうかと、我々は考えている。
 信用とは日々の努力の結果ではないだろうか。日々の努力の目的は、信用を得ることではない。その目的は、以下の通りと信ずる。
●決して相手を見下す(奢る)ことなく姿勢を低く、誠心誠意を持って「相手の求めに尽くす」こと。これが事業の目的であるはずだ。
 この伝統的な「商人の姿勢」が今、改めて社会的意義を持ちはじめた。

■1973年、オイルショックの際得た大きな宝物は日々風化していく。それをくい止める戦略とは

●関株式会社の華々しい事業展開の姿や、経営哲学・理念を誇りたいのではない。
 1986年、四国の高速交通網の整備を視野に入れ愛媛県西条市に拠点を開設(現在は伊予三島市)。次に、1995年徳島県に進出。
 こうした進展は、日々風化(老化)せざるを得ない社内体制をくい止めること。そのためにも新鮮なエネルギーを注入し、発展のエネルギーとしてきた結果であった。
●それは「人材戦略」以外、術はない。